奈良井宿
最終更新日:2011年12月9日
こころに響く旅が待っている
重要伝統的建造物群保存地区 奈良井宿
中山道沿いに約1キロメートルにわたって家並みが続く奈良井宿は鳥居峠という難所をひかえ、中山道木曽十一宿中最も賑わった宿場町でした。その繁栄のさまは「奈良井千軒」とも呼ばれるほどです。江戸時代や明治時代の建築物が立ち並び、往時の面影を色濃く残す奈良井宿は、昭和53年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
重要伝統的建造物群保存地区とは・・・
伝統的建造物が建ち並ぶ地区の中でも特にその価値が高いとして国が選定した地区のこと。塩尻市は「宿場町-奈良井」と「漆工町-木曽平沢」の2つの重要伝統的建造物群保存地区を有した全国的に見てもめずらしい市です。
奈良井宿の見どころ
二百地蔵

この周辺にあった観音様や地蔵様の石仏が合わせまつられています。さまざまな表情が独特な雰囲気を醸し出しています。
中山道杉並木

杉の巨木が十数本並ぶ古道。この道は中山道であった当時からのもので、街道を行きかう旅人の姿が目に浮かんでくるようです。
専念寺

坂を少し上った場所にある、真宗大谷派の寺院。寺の入口にはその昔夜毎うなりをあげていたと伝えられる「うなり石」があります。
木曽の大橋

樹齢300年以上の木曽檜づくりので、橋脚のない橋としては有数の大きさを誇ります。橋の下部の木組からは匠の技を垣間見ることができます。
法然寺

浄土宗の寺院。関ヶ原の合戦に向かう途中、徳川秀忠が一時滞在し、陣屋として使用したとの記録が残されています。
大宝寺

天正10(1582)年、奈良井宿義高が自らの菩提寺として開いたのがはじまりとされる、臨済宗妙心寺派の寺院です。本堂裏には庭園も。
マリア地蔵

昭和のはじめ、住民によって近隣の敷の中から発見されました。隠れキリシタンが密かに祈るために作ったともいわれています。
徳利屋

昭和初期まで旅籠として使われていた建物で、現在は資料館を併設した食事処となっています。市の有形文化財に指定しています。
手塚家(上問屋史料館)

慶長7(1602)年から明治時代に至るまで奈良井宿の問屋をつとめてきた手塚家住宅。問屋特有のつくりになっており、国の重要文化財に指定されています。内部が公開され、古文書や道具類などの貴重な資料が展示されています。
長泉寺

曹洞宗の寺院。徳川家光により始められた、宇治茶を江戸まで運ぶ「お茶壺道中」の宿泊所として毎年使用されていました。
浄龍寺

奈良井五ヶ寺のうち、最も南にある真宗大谷派の寺院。彫刻家石井鶴三はこの寺で藤村木彫像を制作しました。庭園も整備されています。
中村邸

塗櫛の問屋を営んでいた中村家の住宅で、天保年間(1830~1843年)の建物。二階を少しせり出させる出粱(だしばり)づくり、鎧庇(よろいびさし)など、典型的な奈良井の民家の様式を残し、市の有形文化財に指定され、内部が公開されています。
鎮神社

奈良井宿の鎮守。もともと鳥居峠に建立されていましたが、戦火で焼失、奈良井義高によって現在の場所に移されたといわれています。毎年8月12日には町内の若衆が笛・太鼓・三味線などのお囃子で町を練り歩く例祭が盛大にとり行われます。
猿頭

奈良井の民家の特徴の一つに猿頭が上げられます。これは庇板を押さえる桟木のことで猿の頭が重なったように見えるためこの名で呼ばれています。