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塩尻市 ともに築く自立と創造の田園都市

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平出遺跡

最終更新日:2011年10月1日

国史跡平出遺跡について記載しています。

国史跡平出遺跡は、JR中央本線塩尻駅から南西に約2キロメートルの畑地帯にあります。ここは長野県松本平の南端にあたり、西に穂高岳や常念岳など北アルプスの峻嶺を、また東に鉢伏山や高ボッチ山など東山山麓のなだらかな山並みを仰ぎ見ることができます。南には比叡ノ山が横たわり、その東麓には石灰岩の割れ目から湧き出す「平出の泉」があります。遺跡は泉から流れ出る渋川に沿って東西約1キロメートル、南北300メートルの範囲にわたって帯状に広く展開しています。平出博物館は、比叡ノ山南側の山麓際にあり、裏山には平出の古代集落を治めていたと考えられる豪族の古墳が3基設けられています。

平出遺跡全景の写真
平出遺跡全景(東側から)

遺跡から望む比叡ノ山の写真
遺跡から望む比叡ノ山

平出遺跡発掘のあゆみ

平出遺跡は、縄文時代から平安時代にかけての大集落跡。
遺跡は江戸時代から土器や石器が拾える場所として知られ、当時の記録にも残されています。本格的な発掘調査は昭和25年に始まり、中でも古墳時代から平安時代の豊富な出土品は、当時の生活復元をある程度可能にすることができる貴重なものであると評価されています。こうしたことから昭和27年、国史跡に指定されました。
発掘調査はそれ以後も数回にわたって実施され、現在までに290軒を超える竪穴住居址、建物跡、それに伴う多くの土器、石器、鉄器類が見つかっています。

発掘の様子の写真

発掘の様子の写真

発掘の発端

昭和22年:住宅の裏畑から偶然掘り出された緑釉水瓶が国学院大学教授大場磐雄氏、宗賀小学校教諭原嘉藤氏の関心を呼び、以後の発掘の原動力となりました。
昭和24年:地元の小・中学生、高校生らによって発掘調査が行われました。

総合学術調査の開始

昭和25・26年:昭和25年4月、宗賀村(現在の塩尻市宗賀)主体による調査団が組織され、考古学のみならず、地学、古生物、建築学、民俗学など多方面からの総合的な学術調査が実施されました。以後、昭和26年11月まで4次にわたる大発掘が実施されました。

古墳時代住居の復元

昭和26年:東京大学教授藤島亥次郎氏の設計により3号住居が復元されました。古墳時代の竪穴住居としては全国初の復元となり、以降の復元住居の基本となりました。なお、3号住居については昭和58年に現地(遺跡内)から博物館裏手の歴史公園に移築復元されています。

国史跡の指定

昭和27年3月:15ヘクタールが国史跡に指定。
昭和29年11月3日:遺跡から出土した多量の土器、石器、鉄器などを保管、公開するため、平出遺跡考古博物館(現塩尻市立平出博物館)が開館。

遺跡の整備と活用

昭和52年:平出遺跡保存管理計画策定
昭和54年~平成2年:遺跡の範囲確認や畑かん事業等で断続的に発掘調査を実施。
昭和56年~60年:史跡の中に62号住居を含めた史跡公園を整備。
平成11年:平出遺跡整備委員会が発足し、遺跡の保存、整備が進められる。
平成13年:平出遺跡整備基本計画策定
平成14年~22年:平出遺跡公園整備に伴う発掘調査が行われる。
平成18年4月:平出遺跡公園縄文の村がオープン
平成19年4月:平出遺跡公園ガイダンス棟がオープン
平成22年4月:平出遺跡公園古代の農村(古墳時代地区)がオープン
平成24年3月:平出遺跡公園完成予定

原始~古代に栄えた平出の地

発掘調査によって、平出遺跡に人々が生活していた時期は、縄文時代から平安時代にまでおよぶことがわかりました。

縄文時代

平出遺跡の縄文時代は、早期から晩期までほぼ全期間、その痕跡をたどることができます。中でも最も栄えたのは中期(約4,500年前~5,500年前)で、116軒の住居が見つかっています。これらの住居からは、豪華な文様で飾られた土器や石器類が多量に出土しています。また土偶や立石といった信仰に関係する遺構・遺物も多く、豊かで安定した暮らしが続けられたことがうかがえます。

縄文時代中期の平出集落復元図の画像
縄文時代中期の平出集落復元図(5,000年前)

弥生時代

平出遺跡は、数回の発掘調査が実施されていますが、現在までのところ弥生時代に属する住居址は見つかっていません。しかし、遺跡の中央部から西よりの地域にかけての範囲からは、弥生時代の土器が採集されています。将来、住居址など生活の痕跡が発見される可能性も十分考えられます。

古墳時代

平出遺跡で最も栄えた時代で、80軒以上の住居址や倉庫と考えられる堀立柱建物跡などが見つかっています。住居の規模は全体的に大きく、室内にはカマドが設けられています。住居内からは土師器、須恵器といった土器や、鉄製の鋤、鎌など多くの遺物が見つかっています。このような豊富な遺物は、平出集落繁栄の一時期を示しています。

古墳時代の平出集落復元図の画像
古墳時代の平出集落復元図(1,400年前)

平安時代

平安時代に入ると、住居は遺跡内全域に分布するようになり、50軒以上の住居址、建物跡が見つかっています。この時期には、土師器・須恵器のほか釉を施した灰釉陶器が加わり、緑釉陶器のような貴重品も使用されるようになりました。

平安時代の平出集落復元図の画像
平安時代の平出集落復元図(1,000年前)

平出遺跡公園

平出遺跡は現在、遺跡の保護・活用のため、史跡指定地の一部(56,450平方メートル)を公有化し、「平出遺跡公園」として復元整備を行っています。整備テーマは「五千年におよぶ平出の地」。縄文時代から古墳・平安時代までの各時代にわたる複合遺跡の特徴を活かし、縄文から現代まで生活環境が様々に変化する中で、人々がいかに暮らしを立ててきたかが体験できる整備を目指しています。

ガイダンス棟

遺跡公園を訪れた皆さんが、自由に立ち寄ることができる学習・休憩施設です。火起し、勾玉づくり、弓矢飛ばし、土器づくり、ガラス玉づくりなど各種の体験学習も行っています。
 ガイダンス棟は、こちらをご覧ください。

縄文の村

およそ5,000年前の縄文時代中期の村を再現しています。ドングリの林に囲まれた茅葺き屋根の7軒の住居が弧状に並び、南側には信仰の対象となった立石をすえた広場が設けられています。また東側には廃村集落を整備しています。

ガイダンス棟2F展望室からの風景の写真
ガイダンス棟2F展望室から

晩秋の縄文の村の写真
晩秋の縄文の村(後ろは穂高連峰)

縄文土器大量出土状況レプリカ展示の写真
縄文土器大量出土状況レプリカ展示

縄文の村を見渡すカモシカの写真
縄文の村を見渡すカモシカ

古代の農村(古墳時代地区)

有力者の家だったと考えられる大型住居と穀物倉(高床式倉庫)を復元し、周囲にはモモの果樹園、森などを整備し、6世紀末から7世紀初頭の農村の様子を再現しています。

モモの開花と古代の農村風景の写真
モモの開花と古代の農村風景

人気の大型復元住居の写真
人気の大型復元住居(130号)

130号復元住居の内部の写真
130号復元住居の内部

高床式倉庫の写真
高床式倉庫(5号掘立柱建物)

古代の農村(平安時代地区)

遺跡公園の東側には11世紀前半の平出の農村を再現しています。平安集落の1戸という複数家族の家並みを復元したもので、4棟の住居と納屋からなる住居群を中心に、周囲には畑や各種の植生(食用、染料、観賞用、遮蔽)を整備しています。

平安の集落の写真
平安の集落

片切妻の茅葺き住居の写真
片切妻の茅葺き住居

ニワ(中央広場)を取り囲む建物の写真
ニワ(中央広場)を取り囲む建物

納屋の写真
納屋(1号掘立柱建物)

支援組織(ボランティア活動)

現在、平出遺跡には次の3つの支援組織が活動しています。

平出博物館友の会

博物館に瓦塔館が増設され、講座など博物館活動が盛んになったことを契機に平成4年結成
〔会員〕26人は塩尻市内各所から参加(平成23年代表:小林康男)
〔事業〕・平出遺跡公園での古代作物の栽培 ・博物館事業への参加と支援 ・博物館グッズの販売 ・友の会事業

平出遺跡公園協力会

平出遺跡公園の整備が進む中で、平成13年3月に平出区民が自主的に協力会を結成
〔会員〕56人は平出区民により構成(平成23年代表:塩原侯三郎)
〔事業〕・平出遺跡公園、平出博物館の環境美化 ・遺跡公園整備工事への支援 ・博物館事業への支援 ・協力会事業

どんぐりの会

平出遺跡公園やガイダンス棟の活用事業が本格化してきたため、行政からのボランティア養成講座を契機に平成20年に結成
〔会員〕12人は塩尻市内からの応募(平成23年代表:山本恵子)
〔事業〕ガイダンス棟活動および出張体験活動への支援

遺跡周辺の散策スポット

遺跡の周辺には自然や歴史に触れることができる場所がたくさんあります。ゆっくりと散策してみてはいかがでしょうか。

平出博物館

遺跡からは約600メートル、歩いて7~8分の距離にあります。「平出遺跡」「塩尻の原始」「塩尻の古代」「塩尻の民俗」の4つの展示室があり、心豊かな先人たちの世界に触れられます。また博物館の裏手は、復元住居、高床式倉庫、古墳群、登り窯、子供広場からなる歴史公園となっています。
 平出博物館は、こちらをご覧ください。

平出の泉

はるか縄文時代の頃から湧き出していたとも言われる「平出の泉」。現在でも澄明な美しさをたたえており、平成22年1月には「信州の名水・秘水」にも選定されました。四季折々の景色をお楽しみください。

比叡ノ山

遺跡の南西にたたずむ標高約800メートルの山です。大男「でいらぼっちゃ」が、背負ってきた大きな山をこの地に落としてしまい、比叡ノ山になったという伝承が残っています。

本棟造りの家並み

長野県南西部特有の建築形式「本棟造り」の古民家が建ち並ぶ、現在の平出集落です。「雀おどり」と呼ばれる建物正面の特徴的な棟飾りが目を引きます。

伊夜彦神社

天香護山命を祀る旧平出村の村社で、現在も平出の人々によって大切に祀られています。本殿は文化14(1817)年に造り替えられたもので、彫刻の装飾はみごとです。

平出一里塚

江戸時代、中山道沿いに一里(約4キロメートル)ごとに築かれた道標。現在ではその大半が消滅し、原形を保っているものもごく僅かとなっており、貴重な交通遺跡です。

平出の泉の写真
平出の泉

中山道と平出一里塚の写真
中山道と平出一里塚

最新情報

平出遺跡公園からのお知らせ

データ

国史跡指定地:154,958.23平方メートル(昭和27年3月29日指定)
上記のうち公有化面積(平出遺跡公園):56,450.56平方メートル(昭和56年度~平成19年度)
平出遺跡公園環境整備事業:(平成14年度~平成23年度)
塩尻市立平出博物館(次の3館の総称)

  1. 平出遺跡考古博物館:(昭和29年11月3日開館)
  2. 歴史民俗資料館:(昭和54年4月1日開館)
  3. 瓦塔館:(平成4年10月1日開館)

平出遺跡公園ガイダンス棟:(平成19年4月1日開館)

平出遺跡古代クイズ

平出遺跡に遠足で訪れる学校の先生方にお知らせします。平出遺跡は現在整備が進み、広い公園内にはいろいろな時代の建物が並んでいます。そこで遠足の際に参考にしていただこうと、平出遺跡にちなんだクイズをエリア別に紹介させていただきます。子どもたちに現地で解いてもらってもいいし、先生方の説明の補助に使っていただいても結構です。なお、問題は小学校6年生を想定しています。

アクセス

JR利用

JR中央本線塩尻駅下車タクシーで5分
徒歩の場合、塩尻駅西口から20分

自家用車

長野自動車道塩尻ICから車で10分
松本方面から:国道19号「桔梗ケ原東」信号機左折5分
木曽方面から:国道19号「中仙道一里塚」信号機右折3分
平出博物館から3分(ただし大型車は国道19号へ迂回)

地域振興バス(時刻表はこのページの一番最後にあります)

1.JR塩尻駅から中心市街地循環線(西廻り)に乗り8分
「平出遺跡公園口」で下車
(年末年始運休)
2.JR塩尻駅から宗賀線に乗り10分
「平出詰所前」か「平出遺跡口」で下車
※平出博物館へ直接行く際は、一つ先の「平出博物館前」で下車
(日曜日・祝日、年末年始運休)

地図

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お問い合わせ先

平出博物館
電話:0263-52-1022 ファクス:0263-52-1295

ご質問、ご提言は「しおじり声のひろば」からお寄せください

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